

福島県二本松の縁結び神社|県外からも良縁を願う人が訪れる「隠津島神社」の魅力
今回ご紹介する福島県の隠津島神社には、縁結び祈願をしてご縁を頂いたというお話が多く寄せられているそうです。そこで隠津島神社の禰宜、安部章匡さんに詳しくお話を伺いました。
「どんな方法で縁結びのお参りをしているのか?」「ご利益のある参拝方法は?」など次々と問いかけるなか、穏やかな安部さんがとても丁寧に答えてくださいました。
「3年間〝縁結び御神木〟を元旦に参拝し、良い人と巡り会い、そしてこちらで神前結婚式を挙げられた方もいらっしゃいます」というお話には思わず身を乗り出してしまいました。
最後に安部さんから、出会いを求めて自分を奮い立たせる祈りについてのお話もあります。ご縁を願う皆さんへのメッセージは恋活・婚活をしている方の心に響くのではないでしょうか。
隠津島神社の縁結びの内容について
隠津島神社「縁結びの神様」としての由来を教えてください
禰宜
当社は宗像三女神をご祭神としてお祀りしています。三女神の一柱、田心姫命(タゴリヒメノミコト)は出雲大社の筑紫社(つくしのやしろ)にお祀りされている神さまでもあり、大国主命の妻です。
大国主命は縁結び・良縁の神さまとして祀られており、6人の妻がいました。田心姫命はその6人の中で最も美人な神さまとされています。
京都にある大社のひとつ「八坂神社」の境内にある「美御前神社」にも当社と同じ宗像三女神がお祀りされていますが、この神社は美容の神さまとして有名です。鳥居脇の「美容水」は古くからお肌と心の美容にご利益があるとされています。
インタビュアー
美人の神さまがいらっしゃるんですね!美容の神さまもいらっしゃったり、なんだか神さまに親しみを感じます。
禰宜
神さまはとても身近にいらっしゃるんですよ。たとえば、当社では「美御前神社」同様、木幡山も昔から良質の水が湧き出ており、参道途中にある「弁天名水」を求めて今でも多くの方がいらっしゃいます。
恋愛の縁結びのみに限らず、人・仕事・お金・知恵・招福などすべての縁を結ぶ神さまとして県内外の方より崇敬されています。
インタビュアー
恋愛も仕事も「ご縁」が結びつけるものなんですね。縁結びの神さまにお参りし、たくさんのご縁を授かるようお祈りしたいと思います。
縁結びの御利益を得たい場合は何をすればよいでしょうか?
禰宜
まず、本殿でのご参拝ですね。本殿へは途中までは車で行けますが、駐車場からは階段を含め舗装はされているものの、急こう配の参道を登らないと参拝できません。普段職員が常駐している遥拝殿がふもとにありますが、できれば本殿への参拝をおすすめします。
インタビュアー
他にもございますか?
禰宜
縁結び御神木でのご参拝もお勧めします。異なる2本の木が大きい石をおおうように立っている様子は、まるで男女が大切な石を一緒に守っているかのような佇まいです。
木幡山中全体が境内となっており、11社の末社があります。木々に囲まれた山の中を散策するだけでも神さまのお力をいただけますよ。
また、良縁成就のご祈祷もございます。
インタビュアー
こちらの境内はとても広く、緑豊かで心身ともに清められる感じがします。
なによりまずご本殿への参拝をし、それから散策をしながら御神木へのご参拝に向かうといいかもしれませんね。
縁結びの神様に関する言い伝えなどはありますか?
禰宜
今でこそ参道は歩きやすくなっていますが、昔の本殿までの道のりは、それはそれは大変急な坂道でした。正月や暁まいりの時に雪が降ると、急な坂道はいっそう歩きにくくなります。すると急な坂道を登ることができず、参道からすべり落ちたりする参拝者が増えました。
特に着物の女性にとっては大変歩きにくく、すべって登れない方が多かったそうです。そこで近くに住む男性たちは、登ることが困難な女性を助けたり、手を引いて一緒に参拝したりしました。
その結果、助けた縁で結ばれることができたという方が増えたそうです。
インタビュアー
なんとも素敵なお話ですね。けわしい参道が逆にきっかけとなって男女を結びつけたとは、まさに縁結びの神さまがいらっしゃる神社らしい言い伝えです。
禰宜
そのような話が徐々に広がり、多くの若者が隠津島神社に参拝するようになったそうです。宮司の話によると、一時期は参拝者よりも出会いを求めに来た男女の方が多かった、とのことです。
インタビュアー
今でいう「出会いスポット」だったんですね!
縁結びを願って参拝される方はどのくらいいらっしゃいますか?
禰宜
詳細はわかりかねますが、参拝された方や御朱印をお求めなられた方が投稿されたSNSを拝見する限りでは、縁結び御神木の参拝をされたり、県外からお越しの方が縁結びのお守りを求めにいらっしゃるようです。
インタビュアー
なかなか縁に恵まれないと、ちょっと心折れる時ってあると思うんです。そんな時にこのような自然豊かな神社で縁結びの御神木に願掛けすれば、気持ちも新たに進もうと思うことができますね。
参拝者の方からの感想などで印象深いエピソードがあれば教えてください
禰宜
縁結び御神木に3年間毎年元旦にお参りしたところ、めでたく結婚できたとの報告がありました。その後、神前結婚式のご依頼をいただきました。
インタビュアー
こちらで願掛けしお相手に巡り会い、そして結婚式も!隠津島神社で神前結婚式も行っているんですね。
禰宜
はい。当社では神前結婚式を小規模なものに限り承っておりますが、以前、新郎さんが外国人のカップルの結婚式を行いました。参列者は新婦さんのご両親のみの4名だけでしたが、新郎さんが大変感激していたことが印象に残っています。
ほかにも、当社で頒布している「タゴリ姫の辛口おみくじ」を引いた方が、書いてある内容に身に覚えがあるとおっしゃってお帰りになりました。翌年、その後いろいろあって、環境ががらりと変わりと心身がとても軽くなり、新しいご縁もいただいたとの報告をいただきました。
インタビュアー
ほんとうに隠津島神社のご利益はすばらしいですね。恋愛だけでなく、人生においてのさまざまな「ご縁」を結びつけてくれるのだとわかりました。
縁結びのお守りはありますか?
禰宜
そうですね、一番お受けいただくのは縁結び守りでしょうか。ほかにも、良縁成就の木札やおみくじ、タゴリ姫の辛口おみくじなども多くの方に「おみくじをひいてよかった」「お守りを身につけていたらご縁があった」などと感謝のお言葉を頂いております。
インタビュアー
お守りは持っているだけで「きっと良いことがありそう」と前向きな気持ちになれます。
こちらの縁結びのお守りはピンク色の紐に小さな鈴や結び目の飾りがついていて可愛いですね。お財布に忍ばせたり、バッグにいれて持ち歩きたいと思います。
良縁を授かった場合、お礼参りなど行った方が良いのでしょうか?
禰宜
良縁のみに限らず、願意を叶えていただいたら神さまにご報告することはとても大切なことだと考えています。神さまに報告することによって、さらなるお力やお仕事、新たな人脈など更なる良縁をいただけると思います。
近くまでお越しになった時でも結構かと思いますので、お礼参りをおすすめいたします。
インタビュアー
神さまに改めてお礼を伝えることが大切なんですね。
隠津島神社について
隠津島神社はどのような神社か教えてください
禰宜
神護景雲3年(769年)に宗像三女神を御祭神として勧請されました。大同年間(906年)には平城天皇の勅願によって弁天堂が建てられました。戦火や風水害に遭いながらも、二本松藩丹羽家を始め、歴代の領主から篤い庇護を受けて現在にまで至ります。
後世には木幡の弁天様と呼ばれ庶民に親しまれるようになりました。現在も平和・招福・知恵・縁結びの神として広く信仰されています。
インタビュアー
弁天様は七福神の神さまのおひとりですよね。縁結びや金運にご利益があると聞いたことがあります。親しく「弁天様」と呼ばれるのは、それだけ地域の人々に敬愛され、隠津島神社が親しまれているということですね。
隠津島神社を訪れた場合の見どころなどはありますか?
禰宜
いろいろとございますが、いくつかご紹介させていただきますと・・・。
・国指定天然記念物「木幡の大杉」
この木幡の大スギは神社境内の門神社北側に位置している大木です。推定800年といわれ、根元周囲16.2m、目通周囲9.33m、樹高20mでスギの巨木としても有名です。昭和16年に国の天然記念物に指定されました。
境内には他にも老高木が多く、蒲生氏郷が植栽したという目通り周囲が7m以上のスギ、ヒノキなどをはじめ、4mを超える巨木が何本もあります。
室町時代の文明4年(1472年)に建立されました。天正年間に伊達政宗の兵火によって全山炎上したときには、この三重塔だけが残りました。
・県指定史跡「木幡山経塚群」
経塚は末法思想が盛んだった平安末期にお経を埋めたところです。円形・長方形とさまざまな経塚6基が木幡山の尾根に一線上に並んでいます。径が2~4m、高さは1m前後で、中央に石室があります。
経文を埋納した容器や搬出物の完全なものは盗掘に遭い失われていますが、木幡山より出土したといわれる経筒が奈良の国立博物館に保存されています。
この経塚からは、和鏡片、刀子、古銭(宋銭)、須恵器、土師器片などが多数出土しています。 経塚群の西端にある立石の基部付近からも土師器、古銭が出土しております。
藤原時代12世紀の経塚と見られ、県内でも重要なものです。昭和54年に県の史跡に指定されました。
・市指定文化財「隠津島神社本殿・拝殿」
当神社の発祥は古く、大同年間(806年)に天城天皇の勅願により弁天堂が建立され、神仏混淆の杜となりました。以来、「木幡の弁天様」として歴世の国主、藩主、武将、さらには庶民にいたるまで厚い信仰を集め親しまれてきました。
天正13年(1585年)には伊達政宗の兵火により、三重塔のみを残して本社・末社のことごとくが焼失してしまいました。
現在の本殿・拝殿は二本松藩主丹羽長貴公の命により寛政元年(1789年)造営が始まりました。拝殿は寛政6年(1794年)5月竣工、本殿は12年(1800年)4月竣功となりました。遷宮まで12年もかかったのです。
明治期の神仏分離令による混乱はあったものの、「弁天さま」の厚い信仰は今なおつづいています。
弁天様は、梵天王の妃弁舌知恵の神、また招福・音楽の神として妙音天の名があり、宝冠青衣で琵琶を弾じ容色勝れているとされていることから縁結びの神として信仰されています。
インタビュアー
隠津島神社は1250年の歴史があると伺いましたが、お話を聞いているだけで悠久の流れを感じます。境内を散策しながら歴史の重みを肌で感じます。
はるか昔にも、男女がご縁を願ってこちらに参拝したのかと想像すると、男女が結びつきを願うのは、今も昔も変わらぬこと、誰もが願うことなのだと思いますね。
ご縁を授かりたいと願う方へのメッセージ
良縁に巡り合えないと悩む人へメッセージをお願いします
禰宜
インターネットが普及してからというもの、恋愛や結婚はもちろん、就職や転職など、出会い・マッチングの市場がとても大きくなりました。ひと昔前のように町や村の中で結婚相手を探すことも減りました。
プライベートが確立されるようになってからは恋愛結婚が主流となりました。お見合いなどお世話を焼く年配者も減少し、生活の多様化により結婚がすべてではないという考えの方などが増えた結果、誰もがみな結婚をする時代ではなくなりました。
それに伴い恋愛の自由化もどんどん進み、結婚や恋愛の考え方も多様化してきました。
しかしどんなに文明が発達しても、多様化が著しくても、人間は孤独に慣れるようにはできておりません。中には一人の方が気楽でいいという方もいるでしょうし、感じ方はそれぞれですが、どこかに属しているという「所属感」は人に幸福をもたらします。そしてその「所属」が多ければ多いほど幸福を感じやすいと言われています。
だれもが「学校」「仕事」「家庭」あるいは「インターネット上のグループ」など、何らかのコミュニティに所属していると思いますが、その中でもっとも幸福をもたらしてくれる所属は「良きパートナー」であると私は考えています。
良きパートナーとのご縁はめぐりあわせです。
我々は1人で生きているわけではありません。いつも誰かに助けられて生きています。その助けてくれた「誰か」や助けた「誰か」もご縁の一つです。
その大切な「ご縁」をいただくために、「今ここ」を丁寧に生きれば必ずや神さまは背中を押してくれます。
ですが、神さまに対していいご縁にめぐりあうように「お願い」をすることはあまりおすすめしません。できれば「お祈り」をしましょう。「祈り」とは「意を宣(の)る」、つまり「思いを告げる」「宣言する」という意味です。いまこそ御神前で神さまにご自身の「決意」を宣言してみてはいかがでしょうか。
すてきなご縁がありますように。
インタビュアー
祈りとは、願うという意味だけでなく「思いを告げる」「宣言する」という意味があるとは知りませんでした。「出会いを見つける!」という思いをこめて神さまにお伝えし、自分自身にも宣言することで、とても前向きな気持ちで恋活や婚活を行っていけそうです。
いまのお話は心に残ることばかりです。ご縁を願っている多くの方々の胸にも強く響くと思います。
今日はさまざまなお話をありがとうございました。
隠津島神社の基本情報
住所 | 福島県二本松市木幡字治家49 |
---|---|
電話番号 | 0243-46-2869 |
公式サイト | https://okitushima.com |